和泉屋勘兵衛 建築デザイン室
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CONCEPT

「和」の風景の先に見えるもの。

明治維新以降の日本人は近代化の名のもと欧米の文化に倣うとそれまでの伝統を見限り
また後の戦争で多くを失い、そして続く高度経済成長で生まれた街から離れていきました。


見通しの効いた角地である。
敷地の鋭角なコーナーは二つの道路の接点になっており
ランドマーク的な宿命を有していた。
そしてその鋭角が建物の特徴となっていった。


圧倒的な眺望に対して、如何に接するか。
この課題を解決することが
施主とのコミュニケーションの中で
最も重要なポイントであったように思う。


御兄弟の二家族が住まう二世帯住宅である。
一階はフラダンスを練習するためのスタジオが配置されたため
他はガレージと玄関のみで生活空間は2階から3階に配されている。


全面道路が3m、土地面積が21.3坪という狭小地に建つ3階建の小住宅である。
マンションをはじめとする近接する周囲の目線をかわしながら
閉塞感のない伸び伸びとした空間をいかに創り出すかが設計のポイントであった。


四方がすでに密集した新興住宅街で、南側を含め借景は望めない。
そこで建蔽率40%という厳しい条件下から生まれる残地を内側に大きく取り込むことで
陽の移ろいや四季の変化を日々の暮しに感じる事ができ
近隣からの視線や喧騒から遁れた”静”なる空間を作ろうとした。


南側の隣家は迫り、前面道路の北側さえ、
道路が狭いため向いの家がかなり近く感じる。
厳しい条件を克服した作品である。


幼かった子供たちも成長し、
今度は、会社の創業の地に所有する4階建ての鉄骨ビルを全面改修し、
都会的暮らしを楽しむための住宅を設計することとなった。


大阪郊外の新興住宅街。
敷地はブロックの外れに位置した三角形の角地で、
北西に広がる住宅群を背に、南北方向は、
四季の変化を楽しめる緑の山肌を借景として
望むことができる。

WORKS

リノベーションという選択肢をチームで追いかける。
和泉屋勘兵衛は、民家計画に参加しています。

一級品ではないものの、経年変化の中で何とも言えない空気感を持つ中古住宅があります。
しかし不動産情報では「古家付き」としか表記されず評価されることはありません。
たしかに構造体は怪しいものです。気密・断熱性能も低いでしょう。
彼らに今の基準を求めるのなら潰して新しく作り変えたほうが合理的です。
しかしたとえば、それが平屋住宅で上部の荷重が小さく基礎を補強する手立てがあれば
内部から壁を補強しながら断熱性能も上げていくといった行為が可能ならば、等々
そして、何よりそこにある古いものとの関係性に魅力を感じるなら
中古住宅は、マイホームを考える時のもうひとつの選択肢となるでしょう。
ただそんな中古住宅を求めても不動産情報がそうであるように不動産屋さんにその意図が伝わらない。
リスクを背負って購入しても思ったような空間を手にすることができるかもわからない。
民家計画は「不動産×設計・デザイン×施工」三つの視点で良質を見極め
不動産購入から完成までをチームでプロデュースしていきます。

ESSAY
  • プロセスを大事にする

    「設計事務所に頼んだら、住みにくい家になるのでは?」「希望をあまり聞いてもらえないのでは?」といったイメージありませんか。確かに作品性を重んじ、そういったアプローチをしてきた事務所がないとは言えません。

  • 家づくりは本当に高くつくのか?

    当然のことながら、設計料(総工事費の10%が目安)を、ご予算の中で確保していただく必要があります。まずこれを、余分な出費と捉えてしまうかどうかというところです。

  • こうして家は出来上がる

    まず事務所にお越しいただき、お話を伺います。なづな工房と決めてお越しいただいている方とは設計契約を締結し具体的に話を進めていきますし、迷われている方には、状況に応じた事務所選定のための情報提供をします。

  • 模型のチカラ

    計画が三次元で思ったとおりのバランスになっているのかを確認するために、基本設計時のプラン提出時には1/100、実施設計が完了した時点では1/50のスタディモデルを制作します。1/50では内部まで作り込み、インテリアの説明にも使用します。

  • 庭まで愛して

    借景を含め、リビングに面したメインの庭から、僅かな抜けに垣間見る小さな世界まで、内外の区別なく、頭の中で行ったり来たりしながら、空間を煮詰めていきます。行為としては“家を設計する”というよりは“敷地を設計する”といったほうがいいのかもしれない。

  • 造り付けるモノたち

    収納スペースは、壁の中に押し込んでしまうようなイメージで、壁とできるだけ同化させることを考えます。住み続ける中で手に入れた、お気に入りの一品の家具や絵が、素直に収まるようなニュートラルな空間から始まりたい。

ABOUT

なづな工房から、和泉屋勘兵衛建築デザイン室へ。

1500年代の末期に、高知県の山里の小さな山城の城下で茶屋を始めた、
初代和泉屋勘兵衛から数えて私で11代目となります。
明治に入って名の継承も無くなり忘れられた存在となっていましたが、
この度、その名を引き継ぐことにしました。